2006年05月のアーカイブ
サイト来訪者が増え、設けた掲示板に5人も常連化した人が出来ますと、お約束のオフ会話題が出ます。
通常のケースですと、サイト管理人が幹事となり、3-5000円前後の予算で交通便のよいところで開催というケースでしょう。ネット人口の分布からか関東では東京、関西では大阪が会場となることが多いようです。
サイトで知り合った同士が声を掛け合って歓談の一時・・・・。
しかし、このオフ会が荒らしの攻撃の口実、または荒らしを産んでしまう場合があります。
オフ会となるとネット上とは違い物理的な距離の問題があります。東京で開かれるオフ会に北海道、九州の人間が参加することは難しい場合が殆どでしょう。
必然的に、ネット人口の分布から大都市圏の人が参加者の殆どとなります。
サイト内の掲示板には、
「お会いするのが楽しみです」
という会話と
「東京か、参加したいけど遠いから無理です、残念」
こういった会話がやりとりされます。
場には参加できる人と、参加したいけど参加できない人とにカラーがはっきり分かれます。
仕方のないこととはいえ、これが後々の伏線となるのです
オフが開催され、解散すると、早ければ当日の夜からオフに関する書き込みが見られます。
「只今、帰宅しました、***さんお会いできて楽しかったです」
「私も帰宅しました、****の意外でした、掲示板の書き込みとは印象が違いすぎです(笑)」
「お店で出た*****おいしかったですね」
「あれは嵌りそうです」
「***です。***さんおみやげありがとうございます」
「管理人(幹事)です。皆さん無事に帰宅できたでしょうか」
「2次会組はまだ飲んでるのでしょうか」
以上のような書き込みの交換がされるでしょう。
この書き込みは、オフに参加したくても出来なかった人には疎外感、オフそのものに興味のなかった人には雑音にしかなりません。オフ参加者という限定された一部の人間の雑談に過ぎないわけです。
しかし通常の雑談と違うのは参加者以外は会話に加われないオフ会の話題ですから、ただの雑談ではなく、閉鎖的な私信のやりとりのようなものです。これが長く続くと間違いなく。
「オフの話題は参加者同士メールにしたらどうか」
「オフに行ってない人には意味がわからない話をここに垂れ流されても」
こういったクレームが出始めたらもう手遅れと言っていいでしょう。管理人自身がそんな会話に混ざっていると間違いなく、一種のクローズドな派閥が存在していると受け取られます。
これは高じると、”管理人と仲がよい一部のグループ”という認識が、管理人とその一部のグループ意外に形成されます。
こうなると、その掲示板には、管理人と仲がよいオフ会グループと「それ以外」という派閥構造が生まれてしまい、これが場のマグマとなり噴出の機会を伺うことになります。
・オフ会の話題は目立たないところに。
この事態を避けるために、オフ会の話題は発生した段階で、即座に別掲示板を設け、一般掲示板やブログのコメント欄から隔離しなければなりません。
これが最低行わなければ処置です。参加してない、参加できなかった常連や住人が人格者であったとしても「一部の馴れ合い」であり、参加者しか共有できない情報のやりとりであることには代わりがなく、オープン掲示板の公開性には馴染まないものです。
自作自演、自身で自身の作ったストーリーを演じることであるが、掲示板バトルにおいては、他人に成りすました自分が自身を弁護することと解釈されている。
基本的に数の論理なのである。
相手が一人であれば、自分と自作自演の自分をもう一人賛成者、同意者につければ2:1で議論やバトルの流れは自分に傾いてくる。
しかし匿名のインターネット上では今日2:1の数的有利さはあまりメリットがない。
相手も同様な自作自演の同意者を繰り出してくることが可能だからだ。
こうした場合やはり質が問題となってくる。
議論のテーマに沿っている限り、互いの主張に開きがあり、且つその正当性が7:3程度以上開いていた場合に議論となることは少ない。
従軍慰安婦問題のように、互いに一級資料が持ち寄られ、拮抗している場合に事は起こる
南京事件での死傷者は争われても、日本人の民間人死傷者やアメリカ人の民間死傷者が争われないのはその為である。
こうした場合、バトルの流れを左右するのは全体の流れであり、そのキーとなるのは裁判官のような存在の第三者である。この第三者が中道的である限り、争っている当事者二人よりも周囲に与える議論的優性イメージは大きい。
自作自演の同意者一人よりも、中立の第三者を自作自演した方が効果は大きいのである。
先に、バトルとなる優性度の差が7:3以下であると書いたが、この中立者としてのジャッジも両者の差異に7:3以上の差をつけてはならない。
中立者は当事者とは違って争っている問題に関して7:3以上の傾倒を見せないから中立者として存在しうるのである。
この中立者のもたらす優位度イメージは7;3で負けている議論を逆の4:6程度に逆転引き戻す効果すらある。
他人のサイト破壊等、長期的なプランで行うバトルや荒らしなどの場合、攻撃者はこの中立者を攻撃部隊の前に潜入させてくるものだ。
潜入した自作自演者は、中立イメージの確立に全力を傾け、しばしば他の小紛争を管理者に変わって解決したりするのだ。手慣れた攻撃者の場合、一月ほどでそのサイトの管理者に準じた発言権を持つまでに成長させる。
まるでスパイごっこのようではあるが、現実のスパイは身分証明書の偽造やら、容姿の変装など大変な壁があるが、匿名空間では身時表現での態度を変化させるだけである。
壁は格段に低いのだ。
この成長した中立者の効果はサイト管理者にとって殆どの場合、致命傷となる。
人身は惑わされやすく、サイト管理者が攻撃の当事者となった場合、発言権はこの中立者に取って代わられる。
もし、サイト管理者が気を許して、些細であってもサイトに集まる人々へ隠された裏切り行為などを漏らしていようものなら、何倍もの裏切り行為に増幅させてしまう。
一例として、あるサイトの崩壊に際しては、この中立者の存在が管理者に代わり大きなものになった。
ある趣味系のサイトでは小規模なオフ会を何回か行うほど、その趣味系サイト群の中では大きな存在となっていたが、サイトのサーバー容量の増大や、オフ会出席など管理人がサイト運営のコスト負担が
月に数万円にも昇ることを理由に、市場の拡大しつつあったクリック保証型バナーを管理人が導入した。
現在では珍しいことはないが、ネットワークのユーザー層には清貧のアマチュアリズムがあり、
内容がどうであろうとバナー広告など、他人が管理者のサイトであっても、そこが自分のお気に入りであれば、広告などやめろと声高に叫ぶ人たちが意外に多く存在する。
中には、多少の費用負担を自分がしてもいいという志の高い方もいるが、大半はこの清貧のアマチュアリズムを金科玉条に主張するだけである。
バナー広告の収入など当時月に数万規模まで稼ぎ出すサイトは少数であったが、その場所をお気に入りにしているユーザーは実力以上に過大評価する傾向がある。
そのサイトもそういった少数意見が出始め、小紛争となっていくが、この中立者が一転、オフ会時の
会費の残金を何回か分精算してなかった事を漏らしたことから、管理人には人格的な意味で「小金に執着する守銭奴」というレッテルが貼られ、サイトは荒れていった。
1月も紛争が続いた頃、会話ができる状態ではないので、この紛争問題以外は別の場所に非難しましょうという流れでこの中立者が別にサイトを作り、一時のはずがそのままその避難サイトが元のサイトに取って代わることとなった。筆者はその後、消息を追って見たところ、何度かのドメイン引っ越しを
行い、現在ではアフィリエイトもバナーも存在するサイトになっている。
絶妙なタイミングと、計ったかのような流れでこのサイトは期せずして他人の手に渡ったのである。
2005-05-18 03:28:15