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滑る自作自演とは、投入する自作自演に人格がなく、機械的に文字を打つ役目だけにしてしまう自作自演です。
自作自演ですから、ストーリーまずありきです。単純に自分自身を援護する為に、一回か2回登場させる場合であっても、その登場に人間的感情、動機に意味がなければなりません。
目指すところは、第三者としての自然さがなければなりませんから、書きたいことをただ2人に分割して投稿すればよいわけではなく、役者配分を行い、人格をきちんと与えなければ違和感が現れます。
これは決して、文体を変えるとか、口調を変えると言った表面的なことのみならず、実際にその話題に加わった2人の人間がいたとしたら、その書き込みはどうなるであろうかを想像し、トレースしなければなりません。
例えば、いつも見ている掲示板を覗いたら、その日は二人の人間が30分ほど前から言い争っていたとします。
議論好きなあなたは、言い争いの原因を遡って見ることでしょう。その流れを読んでみるとA、B、二人の言い分を見る限り、どうやらBさんに分があり、Aさんは幾つか勘違いしている論点があると判断しました。
さて、そこで、Aさんの勘違いをしている論点について、指摘と勘違いの是正を書き込もうとします。
特にAさんに不快な感情も持っていませんが、少々Aさんは強情なようなので穏やかでいてそれでも少々の揶揄を含めた文章を作成します。
作成して、書き込みボタンを押し、正常に書き込まれたか画面上で確認します。よしちゃんと投稿できているなと確認しAさんからのレスポンスを待つことにしました。
しかし、書き込み前に読み終わった位置から既に言い争いは20投稿分も進んでおり、ヒートアップしている二人から見れば、論点は既に別の話題に移っています。
あなたの書き込みは些か、浮いてしまい、流れから外れたものになっていました。案の定3時間ほど後に見ると、二人の言い争いは続いていましたが、あなたの書き込みにはレスポンスなく間抜けな浮き方をしているように見えます。
あなたはせっかく書いた投稿が無駄になったなぁ・・・と少々残念な気持ちで、ああいうペースの速い言い争いは入っていけないなと学びます。
これが実際のネット掲示板においての議論です。多くの参照者いて、いつでも誰も話題に加われるように見えますが、ヒートアップした二人の人間の言い争いなどに、後から来た人は追いついていけないのが現実です。
掲示板において、二人以上の人間が加わって話が展開して行くには、掲示板がある程度の速度の投稿ペースに抑えられていることが必要で、人数に対応した応答のペアが必要です。1:3や1:5などの形では、一人が5人にレスポンスを返さなければならないので、この方の投稿ペースがボトルネックとなります。これが何人いても1:1ペアが出来ていれば、各々レスポンスを返す相手は一人なので速いペースで投稿数が膨れていきます。
同じ人数が掲示板にいても、このペアの対応いかんでは流れている時間ペースが異なっています。
こういった現象は、掲示板においての議論において、議論を開始した二人とその他の人では「現在時間」が異なることから生じるわけです。
この現在時間という概念一つ取っても、実際に議論に参加してくる第三者と、ただ文章を投稿する機械としての自作自演者では異なってしまうものなのです。
よく見られる自作自演のケースですが、下手な人は突然、議論の最新発言にポンと飛び込ませてしまい勝ちです。
言い争っている相手と同じ現在時間にいないとこれは出来ない芸当です。
相手と同じ現在時間にいる人間は、その本人しかいません。
自然な自作自演とは、この現在時間という視点一つ取っても、本当の第三者であれば必ず流れに追いついてくるまでのタイムラグがあるのです。ここを無視して飛び込ませてしまうと、相手はこういったことを気にしていなくとも、その登場タイミングに「違和感」を感じます。
但しこのタイムラグに関する違和感は、後から掲示板を一気読みするぶんにはわかりにくいものです。
投稿時間を注視し発言者の投稿時間隔を正確に計っていかないと、ただの一発言として見過ごしてしまいます。
ただの罵詈雑言などをおもしろ半分に投稿するには、そんな事はお構いなしでよいかもしれませんが、自作自演をちゃんとした武器として使う場合には、そういった自然さも「演じ」なければならないのです。
これは投入した自作自演者に発言力を持たせなければ戦略的に意味がないような場面では特に重要なポイントとなります。
総合しますと、滑る自作自演とは、文体や字面に拘りその他の人間としての行動の必然がおざなりになっている自作自演と言えます。
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